「非合理」こそ、人間である。
「ダイエット中だから、お昼はサラダだけ。」
昼食時、確かにそう言ってた彼女が目の前で生クリームがとぐろを巻いた
パンケーキを豪快に頬張っている。深夜11時の話である。
「う〜ん、我慢するのは体に良くないから。」
そう言いながら、メープルシロップをこれでもかというくらいにかけた
パンケーキを見て、私は少し気分が悪くなった。
彼女は恐らく、パンケーキの前にステーキを食べていたことは
なかったことにしているだろう。
「人間は”合理性”と”非合理性”が混じっている」
昼食は、カロリーを控えた食事をし、ダイエットを行う上で合理的であった。
夕食は真逆の高カロリーな食事。
これに以外にも、コンビニでは10円単位で買うか買わないか迷うにもかかわらず
高級バックは定価より一万円安ければ買ってしまう。
人間はある時は合理的で、ある時は非合理な行動をする。
これを”行動経済学”で言えば、「限定合理的」と呼ぶ。
そもそも、この”行動経済学”とはどういったものなのか。
簡単に言うと、”心理学”と”経済学”が合体したようなもので、経済学の一種である。
「人間の”感情”・”直感”・”記憶”を重視した学問」
では経済学とは何が違うのか?経済学の考えでは「人は合理的である」と
定義している。例えば、経済学の考え方では、先の健康を見据え、禁酒や禁煙・ダイエットなどしても失敗するはずがないと考える。
しかし実際はどうであろうか?
冒頭のエピソードであったように”合理性”と”非合理性”が混ざった行動を起こす。
つまり人間の行動・選択には”感情”・”直感”・”記憶”が影響するのである。
このように人間の”感情”・”直感”・”記憶”を重視する視点に立って、
人間の行動を観察する学問が「行動経済学」である。
「将来を割り引く?」
行動経済学の理論の一つに人間には「将来を割り引く」特性がある。
例えば、あなたが友人から今、10万円貰うのと、1年後に11万円貰うのとでは
どちらを選択するだろうか?多くのは人は前者の"今"を選択する。
経済学的な選択をするならば、"1年後"を選択するだろうが、行動経済学的な考えでは
1年後友人から11万円貰える確証がないし、またあなたがその友人に対する"信頼度"も関与してくだろう。
人間は将来得られるお金や満足感を割り引く傾向があるため、"今"を選択する人が多くなる。
「さまざまな分野に用いられる『行動経済学』」
この行動経済学は何も経済活動ばかりに当てはまるものではない。
私が従事している透析分野でも、この行動経済学を用いてさまざまな
患者の行動が説明できる。
その一つとして透析患者の水分管理である。
透析患者にとって、日々の水分管理は非常に重要である。
透析間の水分増加が増えると、一回あたりの透析での除水量が多くなり、
血圧の低下または下肢痙攣が患者の"辛さ"を増幅させる。
もちろんそのような事を続けるとQOLも低下することになる。
私達、スタッフはその都度指導しているが、患者はこの事を理解していても、また同じ事を繰り返す。
だが患者自身も、指導された時はきちんと理解しているが、一度透析室を離れると
次回の透析での”辛さ”を軽視してしまう。
この患者心理を、私達透析室スタッフは理解できないため、同じ事を繰り返す患者に対し、指導する意欲を無くなったという経験をした人も少なくないだろう。
「『非合理』こそ、人間である。」
本来、あるべき人間の姿とは"合理的"とわかっていても、"非合理な"行動する生き物である。
そのことを理解した上で、患者へ指導することが医療のプロである私達の腕の見せどころではないだろうか?